一人の男が蝶のさなぎを見つけました。
ある日さなぎに小さな割れ目が現れました。 男は座り込んで、蝶が懸命にその小さな割れ目から外へ出ようとする様子を 何時間も見つめていました。 すると蝶の動きがぱたっと止まってしまいました。 それはまるで、蝶が「ここまでがんばったけれど、もうこれ以上は無理だよ」 と言っている様でした。
そこで男は蝶を助けるために、さなぎの割れ目をはさみで切ってやりました。 すると蝶は簡単にさなぎから出ることができました。 しかしその蝶の体は腫れ上がったようになっていて、羽は小さくてしわしわ。 男は、そのうちに羽が大きく広がって体もしぼんで行き、飛べるようになる のだろうと思って蝶を見続けていました。
しかし、それは起こりませんでした。 蝶ははれぼったい体としわしわの羽のまま這い回り、死んでしまいました。 飛び立つことができなかったのです。
男は知りませんでした。自分が親切心と焦りからしたことの結末を。 さなぎがなかなか破れないようにできていることや、蝶のその小さな割れ目から 外に出る必死の戦いは、もがきながら体の水分を羽の方に押し出し、さなぎから 抜け出た時には飛ぶ準備が既にできているようにとの、神様の創造の業だった のだということを。
時に困難は、私たちの人生に必要なものです。 もし神様が私たちを何の困難にもあわせないとしたら、私たちはしかるべき強さ を得ることができないでしょう。 決して飛び立つことはできないのかもしれません。
作者不明 (訳:佐川 睦)
濁川 明男
一番下の弟がそういうわけだから、しこたま溜め込んでるじゃねえか?みたいなことを言い出して、その後に真中の弟も親父が夜中に金庫の前で、ニヤニヤしながらガサガサやってんのを見たとかい言ったから、俺もかなり金庫の中身に期待を抱いちゃったんだ。 その時に鍵屋が丁度「カギ、開きましたよ。」と言ったからワクワクしながら金庫のドアを開けたんだ。そうしたら、まず中から出てきたのは。古びた100点満点のテストなんだ。それを見た一番下の弟が「これ、俺のだ!」と言って俺から取り上げたんだよ。次に出てきたのは、なんかの表彰状、すると次は次男が「俺のだ」と言い出して、その後にネクタイが出て来たんだ。見覚えがあるなあと思って気がついて叫んじゃった「あ、これ俺が初めての給料で親父に買ってやったネクタイだ。」 その後に次々と昔の品物が出て来て、最後に黒い小箱が出てきたんだよ。その中には子供の頃に家の前で家族全員で撮った古い写真が一枚出て来たんだよ。 それを見た俺の嫁さんが泣き出しちゃってさ、その後にみんなもなんだか泣き出しちゃって、俺も最初は、なんでこんな物が金庫の中にあるのかが分からなくて、なんだよ金目の物がねーじゃんとか思ってちょっと鬱になってたんだけれど、少したって中に入って居た物の意味が理解出来た時、その写真を持ちながら肩を震わして泣いちゃったんだ。人前で初めて本気で号泣しちまったよ。そこで、鍵屋が気まずそうに「あの、私そろそろ戻ります」とか言ったんでみんなが、ハッとして涙をにじませながら「ありがとうございました。」・・・・・・
「宴会部長」。いまや、死語に近いこの言葉が、自他ともに認めるSさん。中堅の証券会社に勤めて15年。「宴のあるところにSあり」と言っても冗談に聞こえないほど、評判のお祭り男だった。 しかし、肝心の仕事の方はサッパリだった。ノルマが達成出来ない。昇進試験にも受からず、仕事上のミスも少なくなかった。営業という立場にありながら押しが弱い。相手に確実に利益があると確信出来ないと勧めることが出来ない。つまり、いい人なのだ。 「ノルマが達成できなくても、その分、飲み会の時は頼むぞって感じだったんです。4人中3人は飲み会での私を評価してくれたのですが、ひとりの上司だけは仕事のできないやつはいらないという感じで・・・。なにせこういうご時世だから。」 ある日のT課長の歓迎会で事件が起こった。T課長はカラオケが得意で歌ってさえいれば上機嫌という話をどこからか聞いていたので二次会はカラオケボックスへ直行となった。 その頃、カラオケの司会は決まり事のように任されていたので、その日もマイクを使ってスタッフの持ち歌の紹介をし、自分ペースで盛り上がっていました。そこに谷村新司の『昴』のイントロが流れ、若い人がウケを狙って入れたと思い込み「こんなカッコ悪い、ださくて、オヤジくさい歌を歌うのは誰だ!今どきいるのかよ。」T課長はおもむろに立ち上がり『昴』を熱唱し始めました。場がシーンとしてしまい 課長は歌い終わると無言で帰ってしまいました。仕事では数え切れないほどのミスをしてきましたが宴会部長としては初めての失敗でした。 それ以降飲み会もなく、営業成績は上がらない。社内でも課長の前では、話がし辛い雰囲気になってきて、夜、誘われる事も少なくなって会社に居る場所がなくなり、とうとう「自分から辞表を提出すれば配慮する。」と言われ今はハローワークに通う毎日になりました。 宴会部長としての職務に励む前に、営業マンとしてのスキルをアップさせなかったことを悔やむ日々とのこと。 「バブル入社でしたから、自分の適性を考えずに会社に入ったことがそもそもの間違いでした。『昴』の歌を聞くと嫌なことを思い出します。口は災いの元とは、よく言ったものです。」 38歳のSさんの自他ともに認める現在の姿である。
自分でも母の作り方を真似て作った事があります。でも何度こしらえてみても母がつくるそれとは同じ味にはなりませんでした。今思えば、母の片栗湯には我が子への愛情がいっぱい詰まっていたから・・・。 きっとその違いだったのでしょう。 熱にうなされながら、私は心の中でつぶやきました。 「あぁ、母さんの片栗湯が食べたいな」
息子が病気をして食欲が落ちた時に今では私が片栗湯をつくっています。 まだまだ母の味には遠いものの息子は「おいしいよ」と言ってくれます。その笑顔を見る度に幸せな気持ちに包まれて、胸を熱くしながら、こう思います。 「母さんもこんな気持ちだったのかなぁ・・・。」
ベネッセ 「みんなおおきくなあれ」 より
これは地方から東京の大学に入ったある学生の話である。冬休みで帰省する時、ゼミの教授から「君は幸せだな。親から金を送ってもらってのうのうと勉強が出来て。友達のなかにはアルバイトばかりやって、学校に来たくても来られないのがたくさんいるじゃないか。家に帰ったらお父さんお母さんに『ありがとう』を言って来い」と云われた。「ハイ、そうします」と言って帰った。 ところが、家に帰ってお父さんの顔を見ると、改まって「お父さんありがとう」なんてとても照れくさくって口にできない。今日言おうか、明日言おうかと思っているうちに、どんどん日が過ぎてしまった。明日は東京に戻らなくてはいけない。なんとかして言おうと思ったがなかなか言葉が出て来ない。よし、しょうがないから態度で示してやろうと思った。そこで、お父さん(農業従事者)が夕方クワをかついで野良から帰ってきた時、縁側にたらいを置き、ぬるま湯を張って待っていた。「おやじ、ぬるま湯張っといたから、これで足洗うといいよ」と言ってあげると、お父さんはびっくりした顔をして「珍しいことあるもんだな。どうしたんだ今日は。赤い雪でも降るんじゃねえか」と言いながらもたらいの中に足を入れた。「おやじ、俺、足洗ってやるよ」と言うとお父さんが「いいや、足ぐらいまだ一人で洗えらあ」と言う。「いいから、洗ってあげるって」 何度も遠慮するお父さんの足を無理につかんで、かがんで洗ってあげた。そして一所懸命洗ってあげても、畑の黒い土が足の筋の間にしみこんでいて、いくら洗っても落ちない。「おやじ、手を出してみろ、手も洗ってやるから」と言って、お父さんの指を洗う。ゴツゴツに筋くれ立ってヒビが切れ、ところどころに血がにじんでいる。そのお父さんの指に比べて自分の指はなんとすんなりしてきれいなんだろう。おやじはこんなに血まで流して働いて金を送ってくれたんだなあと思ったら、初めてそこで「ありがたいなあ」と素直な気持ちがわいてきた。 そうやって一所懸命、心を込めて洗っていると、首筋にポタリと何か温かいものが落ちてきた。なんだろう?と思って顔を上げると、お父さんがボロボロ、ボロボロ涙を流している。 「ありがとうよ。お前から足なんか洗ってもらえると思わなかった。いい子に育ってくれたなあ。ありがとうよ。」 お父さんが涙をこぼしながらそう言ってくれた時、その子も素直に、「お父さん、俺こそ本当にありがとう。俺ね、親が子供を育てるのは当たり前だと思っていたよ。学校出してくれるんだって、金送ってくれるんだって当たり前だと思っていたよ。それどころじゃないや。友達の中にはね、親からいい車買ってもらって乗り回しているやつもいるのに、俺のおやじはなんて稼ぎがないだろうって、恨みに思ったことさえあったよ。でも今、こうやってお父さんの手足を洗わせてもらっているうちに、そんな考えがとんでもない間違いだという事に、初めて気付かせてもらえたよ。お父さん、今までずいぶんつらかっただろう。今まで本当にありがとう。これからはお父さんの事、大事にするからね。」親孝行のかたちを改めて考えさせられました。
つかの間の幸福に大枚をはたいた。そんな思いを抱いた高齢者がいるかもしれない。 全国で被害が相次ぐ「オレオレ詐欺」のことだ。在宅介護の取材を通じて、こう実感している主な手口は、子や孫を装い「オレだけど、今、交通事故を起こした。○○円で示談できる。相手の口座に振り込んで」という交通事故の示談金名義が、トップで約7割。次いで、借金返済、妊娠中絶費用と続いている。 在宅介護の取材のため、都内で一人暮らしの八十八歳の男性宅を訪ねた時のことだ。集金に来た植木屋に「分からないから、ここから抜いて」と、初対面の、我々の目の前で、タンスの奥から札束を出して来た。その不用心さに驚いた。辞去しょうとしたら、食事を何度も勧められて戸惑った。 金銭的には困っていないところを見せて私たちの気を引きたかったかもしれない。経済的にゆとりがあるかもしれないが、寂しい毎日を送っているなと感じた。 「オレオレ詐欺」は、こうした高齢者自身も、被害者にならない自衛策が求められるだろう。自衛策として重要なのは次のような点だ。 ▽ まず相手に名乗らせる。(例・どちら様ですか?など) ▽ 電話を切ったら落ち着いて考える。折り返し本人に事実かどうかを確認する。 ▽ 高齢だからと受け身にはならず、能動的な気構えを持つ。 取材の中に、閉じこもりがちだった八十代の女性が地域の食事会で初めて料理を作り、周囲喜ばれたのをきっかけに外に出るようになったことがある。趣味の仲間との集いや地域社会への参加など、探せばきっかけはある。 それにしても、被害に遭った高齢者は「オレオレ」という電話がかかって来た時に、「困った時だけ、電話で頼み事をするのは、何事か」と、一喝できなかったのだろうか。心を打ち明けられない子や孫に金銭を与えるより、自分自身のために使った方がはるかにまだ。「オレオレ詐欺」が横行する昨今、高齢者にもそんなパワーが求められている。
取引先に急ぐ夜道、脇から飛び出してきた無灯火の自転車に、思わず急ブレーキを踏んだ。「危ないっ、このやろう」。立ち去る若者の後ろ姿を見て、技術屋魂が突き動かされた。「ペタルの負担がなくなれば、皆ライトをつけるはず。これはいける」 自転車のライトは、回転するタイヤに発電機を接触させ発電するが、タイヤを回す負担がかかる。これを減らすため、スポークに長さ1四aの磁石が発電機本体の横を通過そるたびに電磁誘導を起こし、発電するようにした。タイヤとの摩擦がないから、ペタルを踏むのも楽々だ。「発想の転換、まさにコロンブスの卵だった」と陽気に笑う。 東京・調布市にある社員八人の電子機器会社で、開発に着手したのが三年前。試作品は三十個を越え、試乗を繰り返し性能を確かめた。「近所の人から『いつになったら完成するの。早く作ってね』とせかされちゃって」と頭をかく。失敗にもくじけず挑戦し続ける姿勢は、日本を支える草の根の経営者そのものだ。 昨年末から都内や横浜市などの大型店で販売を始めた「マジ軽ライト」は、売れ行き好調。ライトを取り付けた「ママチャリ」を大手スーパーが発売予定のほか、欧米からも引き合いがある。 「零細企業には厳しい時代。でも、モノを作る限り、道は開ける。」休日は秋葉原に足を運び、次なるアイデアを探している。
1. 勉強好き 勉強好きというのは、知らない事を知るのが好きということで知れば知るほど器量大きくなる。好奇心をもって臨めば良いわけで、別にジャンルの指定はないからこれなら誰にでもできるのではないか?
2. 素直 これは自分の知らない事、分からない事を否定しないこと。否定というのは、器量を縮める最大の要因ですから、よほど確信がない限り否定の言葉は使わないこと。 人との対立や不快感は、双方の素直さの欠如からくることが多い。本音を言えば相手にもそう振舞ってもらいたいが、まづはこちらから始めるしかない。仕事の出来る人間は人柄が良い素直さである。素直な人間は心の窓に余計なものがないから物事が良く見える。 このことが仕事をスムーズにさせている最大の要因のように思える。
3. プラス発想 良いことを思えば良くなり、悪いことを思えば悪くなる。それゆえ常に良いこと、良くなることを思う。プラス発想と言うのは人生を快適に送る秘訣と言える。「自分はだめな人間だ」と思う代わりに「自分を有用な人間だ」失敗したら「いい経験をした」と思い、失恋したら「真の恋人に巡り逢う機会が訪れた」と思うのである。 偉業を成し遂げた人達の経験談からするとこちらがゾッとするほどの試練の連続である。彼らが常人と違うところは信じられない位プラス発想していることである。 ロックフェラーの言葉に「災難が起きるたびに、結果的にそれがよかったと言えるように努力した」とあるが、成功者に必要な資質、才能があるとしたら、一番目にくるのは、まちがいなくプラス発想にある。